地理教育システムアプローチは,ドイツ語圏で開発された地理システムコンピテンシー(Geographical Systems Competence)を理論的土台としています

参考)Mehren, R., Rempfler, A., Buchholz, J., Hartig, J., Ulrich-Riedhammer, E. M. 2018. System competence modelling: Theoretical foundation and empirical validation of a model involving natural, social and human‐environment systems. Journal of Research in Science Teaching 55(5), 685-711. https://doi.org/10.1002/tea.21436


ESDにおけるシステム思考の重要性


現代世界の複雑さは,相互関係を全体(システム)で捉える必要がある

  • 気候温暖化や砂漠化などは非常に複雑な問題である
  • 複雑さは,自然環境と人間社会が相互作用しあうことに原因がある
  • この関係性は,因果関係で捉えきれない。システムとして捉えていく必要がある。

自然環境と人間社会の関係は,ESDの推進のカギである  

  • 持続可能な社会を実現するためには,「持続不可能な問題」(非持続可能性)を解決する必要がある
  • 関係構造図を用いることで問題の構造とプロセスが可視化される
  • 可視化された問題の解決策を考えるにあたり,システム思考を用いて,どこに改善点(介入)があるかを構造的に考える必要がある
  • システム思考の育成は,ESDの課題

SDGsにおけるシステム思考


持続可能性のためのキーコンピテンシー

システム思考コンピテンシー:関係性を認識し理解すること,複雑なシステムを分析すること,様々な領域やスケールにシステムがどのように埋め込まれているか考えること,不確実性を取り扱うこと,これらを行える能力のことである。(Box1.1, p.10)

 

キーコンピテンシーであるシステム思考を身に付けると,SDGsの各目標の複雑な相互関係を学習者が理解できるようになる。(p.11)

UNESCO 2017. Education for Sustainable Development Goals Learning Objectives. 64. 


日本の地理教育では「気付かれなかった」システム思考



持続可能な開発のための教育に対して本委員会の持つ視点は、「人間−地球」エコシステム(Human-Earth ecosystem)の概念に基礎を置く 

(IGU-CGE 2007. 「持続可能な開発のための地理教育に関するルツェルン宣言」p.244)


こうした反省から,システムを「体系」や「構造」と訳すのは適切ではない。

また,「系」と訳したところで社会科や地理にはなじみがない。

システムという言葉に含まれる構造,機能,プロセスといった概念や,相互関連,全体性を一語で示す日本語はないため,日本語に訳さず「システム」として用いる。

  • 「持続可能な社会づくり」は,極めて多く要素が複雑に絡み合った概念、つまり,システムとして多面的に捉える必要がある(p.5)
    (国立教育政策研究所2012「学校における持続可能な発展のための教育に関する研究(最終報告書)」, 第1章ESD固有の学習指導家庭の構想と展開より)

  • 育みたい力として,「問題や現象の背景の理解,多面的かつ総合的なものの見方を重視して体系的な思考力(システム・シンキング(systems thinking))を育むこと」(p.7)
    (国立教育政策研究所2012「学校における持続可能な発展のための教育に関する研究(最終報告書)」, 第1章ESD固有の学習指導家庭の構想と展開より)

(梅村)

海外の地理教育での「システム」



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ドイツ語圏でのシステムアプローチの理論と実践(資料)
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ドイツにおけるシステム思考のコンピテンシー

ESDにおいて地理が果たす役割




Ex) 日本の地理学におけるシステム思考


平成 30 年 2 月 3 日 公益社団法人日本地理学会 『新ビジョン(中期目標)』

 

地理学は,自然科学的な性格と人文・社会科学的な性格を合わせもち,総合の科学とも称される.

空間的思考と生態的思考を有機的に結びつけ,地球表層で生起する諸事象の複雑な動態を帰納的に解き明かそうと試みる点に地理学の特徴がある.

研究の個別専門化が進むなか,俯瞰的な思考や関係性の解明といったシステム的見方・考え方を重視する地理学には,求心力を発揮しながら,専門分化した隣接諸分野を束ね,様々な研究成果を統合化する役割が期待される.

学際性や総合力,調整能力を生かし,国際共同研究や多専門的・超域的なプロジェクトの まとめ役としてリーダーシップを発揮することにも期待が寄せられる.

http://www.ajg.or.jp/wp-content/uploads/2018/03/shin_vision.pdf

日本の地理学におけるシステム思考の動向(作業中)


自然地理

自然地理学は,システム論的アプローチを取り入れて,総体としての自然の把握という統合自然地理学の姿に近づくことができた。(岩田2018, p.143)

 

小泉武栄2018. 地生態学からみた日本の植生. 文一総合出版.

岩田修二2018. 統合自然地理学. 東京大学出版会.

自然ー人文領域

「自然科学的な性格と人文・社会科学的な性格を合わせもち,総合の科学」,「俯瞰的な思考や関係性の解明といったシステム的見方・考え方を重視する地理学」(日本地理学会 2016. 新ビジョン(中期目標).p1). 

 

厳密には地誌学と人間環境システム論は区別されるが,さしあたりは近接したものとして整理し今後、区別する作業を行う。

 

安田喜憲, 高橋学編. 2017. 自然と人間の関係の地理学. 古今書院.

ネーチャー・アンド・ソサイエティ研究(日本地理学会研究グループ)

宮本真二, 野中健一 2014. 自然と人間の環境史. 海青社.

岩田修二2004. 東京都立大学地理学科における「地誌学概説」の授業内容. 地誌研年報13, 119-134.

 

野間三郎・門村浩・中村和郎・野沢秀樹・堀信 行 1974. 「地域のシステム」に関する諸外国の研究 ーその展望(1). 地学雑誌83, 19-37.

人文地理

社会生態学的視点,社会システム論,都市システム,アクターネットワーク理論,生活様式,レギュラシオン理論

 

中澤高志 2013. 経済地理学における生態学的認識論と2つの「埋め込み」. 経済地理学年報59, 468-488.
西川治. 1996. 農村のヒューマンエコロジー. 古今書院.


研究会で輪読した主な文献


  • ドネラメドウズ(枝廣淳子,小田理一郎) 2015. 世界はシステムで動く ―― いま起きていることの本質をつかむ考え方. 英治出版.
  • ハーマンデイリー, 枝廣淳子訳 2014  「定常経済は可能だ」岩波ブックレット. 64.
  • 荒井良雄 1996. 地域とシステム.西川治編『総観地理学講座1 地理学概論』古今書院, 191-213
  • 松本敏 1986. 「地域主義」による社会科の構想への視点.社会科教育研究55, 1-13
  • 宮崎沙織 2010. ヒューマンエコロジーの視点による社会科環境リテラシー学習, 谷川彰英ほか(編著)市民教育への改革. 96-104.
  • 山本隆太 2015 ドイツ地理教育におけるシンドロームアプローチの受容とその意義 : ESDによる影響を中心として. 新地理63-1, 39-58.
  • 山本隆太 2016. 地理学習におけるシステム思考を用いたコンピテンシー開発論に関する一考察 -学問研究と教科教育の架橋- 教育と研究34, 89-106.
  • Rempfler, Armin., Uphues, Rainer 2011. Systemkompetenz im Geographieunterricht – Die Entwicklung eines Kompetenzmodells. In: Meyer, Christianeed Geographische Bildung. Kompetenzen in didaktischer Forschung und Schulpraxis. Westermann. 36–48.
  • Mehren, Martina 2015. Piraterie vor Somalia. Ein komplexes Problem systemisch betrachtet. Geographie aktuell & Schule 215(37) 30-40.
  • Cox, M., Elen, J., Steefen, A. 2017. Systems thinking in geography: can high school students do it? International Research in Geographical and Environmental Ed­ucation. 1-16. DOI: 10.1080/10382046.2017.1386413  

理論研究のテーマ


  • 海外の地理教育におけるシステム
    • 国際的な潮流(国際地理学連合地理教育委員会: IGU-CGEによる国際憲章1992年、ルツェルン宣言2007年など)
    • 世界各国の地理教育の比較(アメリカ,イギリス,ドイツ,フィンランド,シンガポールなど)
  • ESDにおけるシステム思考の重要性
    • 「持続可能ではない社会・地球へと至ったのはシステム思考が不足していたため」
    • 持続可能性という規範(norm)を学ぶという意義。
  • 地理教育におけるシステム思考の意義
    • 地球的諸課題学習、地誌学習,地域学習での活用。
    • 「人間と自然の相互依存関係」を理解するという古くて新しい地理教育の再検討
      環境決定論/可能論の二元論、動態地誌の非科学性という限界をシステム思考で克服する
       
  • 複雑性の概念と地理教育
    • 世界は「グローバルな社会」から「グローバルで複雑な地球」へ
    • 「実際に複雑な現実世界をどう扱うか」(Simple but wrong, Complex but right.)
  • 教育学におけるシステム思考と,地理教育におけるシステム思考の関係性
    • システム思考の教育学と地理学からの評価

関連情報

関連する原稿

  • 阪上弘彬, 山本隆太 2018. 「システム」をカリキュラムの目線からみる : ドイツの場合. 地理 63(7), 104-109.
  • 梅村松秀, 泉貴久, 山本隆太, 宮﨑沙織 2018. システムアプローチとは. 地理 63(2), 106-110.
  • 山本隆太, 梅村松秀, 宮﨑沙織, 泉貴久 2018. 英米独の地理教育におけるシステムアプローチ. 地理 63(3), 104-109.

報告
地理科学シンポジウム http://www.chiri-kagaku.jp/meeting/symposium/syampo18-A.html

  • 阪上弘彬(兵庫教育大学):地理学習におけるシステムの観点―新学習指導要領等の検討から―
  • 梅村松秀(ERIC国際理解教育センター):SDGsと地理教育―ルツェルン宣言‘人間‐地球’エコシステムから―
  • 山本隆太(静岡大学):ドイツにおける地理システムコンピテンシーの開発と教材化・実践化